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2007年2月22日 (木)

判定日。奇跡は起きるか

周期30日目(高温期17日)・・・36.97℃

実は3日前にフライングしちゃったんです。

どっちつかずの状況があまりに精神不安定だったので。

「立場を明らかにするんだ」とクリアブルー買っちゃいました。

高温期14日目、ほぼ間違いなく結果は出てます。

検査にこれほど緊張したのは初めてです。

目の前に、二つの道がぱっきり分かれているのが見えました。

運命を分ける二つの道。

光に満ちあふれる母への道と、暗く果てしない治療の道。

がんばってきた1カ月半が頭をよぎり、トイレの前で

検査薬を天に掲げて拝んだほどです。

そして、トイレで目にしたのは・・・

いつも見慣れた真っ白の小窓でした。

その夜は、涙が止まりませんでした。

タケくんに何時間も付き合ってもらいました。

「ミニーがいればいいんだよ」

と何回も言わせてしまいました。

タケくんもがんばったのにね。

その晩ですべての感情と言葉を出し切ったせいか

翌朝は顔がパンパンに腫れていたものの

気分はスッキリ軽くなってました。


そして今日の判定日。

結果はわかっていたから怖くはなかったものの

元来楽観的な私。

一発逆転があるんじゃないかと密かに期待し

ドクターに「おめでとう」と握手される場面を頭にイメージしながら

待合室に座っていたのでした。

でも、奇跡は起きなかった。

「60%くらい成功するんじゃないかと期待してた」とドクター。

受精卵もグレードがいいし、内膜の厚さも十分だった、と・・・。

何故?って考えても答えは出ません。

残念だったと言うしかありません。

きっとどこかにいる運命の赤ちゃんのためにも

健康な体とハートフルな心を準備しておかなくっちゃね。

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2007年2月16日 (金)

移植後6日目の気持ち

周期24日目(高温期11日)・・・36.80℃

きのうは移植後5日目の検査ということで、エコー&採血。

移植日に9.6ミリだった内膜は12ミリになってました。

採卵前から移植日まで、9ミリ10ミリあたりをうろうろしてたので

この時期になって厚くなっているのはもしかしたらもしかして・・・?

と思い院長に尋ねてみると

内膜ではなんとも判断できないという答え。

じゃあ、なんのための内膜検査だったんだ?と

今になって疑問なのですが。

採血の結果は出てません。

体調の変化もこれというのは見当たりません。

強いていえば、胸が張る?痛む?とも感じますが

これは今までさんざん私を翻弄してきた症状の一つで

たやすく信じるわけにはいきません。

体温も今日は低めですが、体温の変化に一喜一憂する私も

もういません。(判定日近くになったら話は別^^)

これまでの撃沈経験で、だいぶ学んだというか

心の武装を厚くしたというか・・・。

胚盤胞移植のため、きっと今頃、検査薬をやってみたら

結果が出るかもしれません。

でも見続けてきた真っ白い小窓が頭をちらちらよぎり

今回ばかりは検査薬を買う勇気が出ません。

18日に仕事でちょい遠出するので、その前日(つまり明日)には

フライング予定があったのですが、やっぱり怖い。

検査薬は相当トラウマになってます。

22日の判定日、クリニックで神の審判を受けるつもりです。


いろいろ考えるなと言ってもいろいろ考えちゃうこの時期ですが、

あるサイトで素敵な言葉をみつけました。

「受精卵は子宮がいちばん居心地いいんだよ」

というあるドクターの言葉。

培養室でもちゃんと育ってくれた強い子は、

お母さんの子宮に戻ってきっとホッとしてぬくぬくしてる。

この言葉は、そんなイメージを私の心に描かせてくれました。

この言葉を思うと、なんだかとってもリラックスする。

卵ちゃんを信じることができる。

がんばってる皆さんにも贈りたい言葉です。

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2007年2月12日 (月)

受精卵お迎えしました

周期20日目(高温期7日)・・・37.09℃

タケくんと私の受精卵を胚盤胞という段階まで分割させ、

一昨日、おなかにお迎えしてきました。

「尿をいっぱいためてきて」と言われていたものの

受付してから実際の移植までの時間が読めず

たまり具合は結局、「尿意を感じない程度」でした。

というのも、受付するなりすぐ呼ばれ、

採血もエコーもすることなく

「じゃ、始めましょう!」と院長の威勢のいい声。

リラックスする薬というのをその場で飲まされ、

すぐに着替えて手術台に昇ったという早さだったのでした。

グレードのいい卵ちゃんを1コ戻すことに。

胚盤胞までちゃんと育ってくれたのはその他1コだったようで

凍結は1コとなりました。

19コ採卵できて、1コ戻し、凍結1コ・・・?

足を思いっきり広げた状態でそんな説明を聞き

一瞬ショックを受けたものの考える間もなく移植が始まりました。

移植じだいは痛みを感じることなく終了。

リラックスする薬というのがよ~く効いているらしく

移植後しばらく、家に帰ってからも幸福感が続いていたのでした。

一昨日、昨日と「安静に」の言いつけを守り

ベッドでごろごろの生活してました。

ベッドでごろごろしながら、移植前に受けた「凍結1コ」の説明ついて考えてみました。

胚盤胞まで育てて移植することのメリットは妊娠率が上がること、

デメリットは胚盤胞まで育たない卵ちゃんが出てきて

卵ちゃんをムダにしてしまうことがあること。

育つ見込みのある卵ちゃんのみ胚盤胞まで育て、それ以外は

即凍結という臨機応変型ではなく

すべての卵ちゃんを胚盤胞まで育てるか、すべて育てないかの

どちらかだったんだ、と今さらながら気づきました。

でも、たくさん採卵できたことで胚盤胞まで育てる可能性が出てきた。

これでよかった、と思うことにします。

そして何より、今おなかにいる卵ちゃんを大事に育ててあげたい。

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2007年2月 8日 (木)

今日胚移植!?

周期16日目(高温期3日)・・・36.86℃

胚移植のため、病院へ行って来ました。

といっても、受精卵が多かった場合は

胚盤胞まで分割させて移植することが多いし、

妊娠率も15%ほど上がるって聞いていたので、

きっと今日はしないだろうという気持ちと

でもすることになるかもという気持ちの

半々のまま呼ばれるのを待っていました。

結果は、予想どおりというか希望どおり

明後日、胚盤胞まで待って移植することになりました。

受精した計14コの卵ですが、体外受精と顕微受精

それぞれ同じ数受精したにもかかわらず

顕微のほうが「まるで別の人かというくらい」(byドクター)

卵の質がいいそうです。

できれば体外のほうを戻したいと考えていた私ですが

様子を見てグレードのいい卵ちゃんをお迎えしたいと思います。

一つにするか二つにするかは、ドクターとこういう了解を得ました。

「二つ戻して着床すると、双子になった場合リスクは10倍に増える。

だから病院としては、できるだけ一人の妊娠を勧めたい。

グレードのいい受精卵があればそれを一つ戻し

まあまあのグレードの受精卵であれば二つ戻しましょう」と。

リスクなど知らず「二人できたら楽しいね」と言ってる

タケくんにとってはちょっと残念かもしれませんが。


いちお、今日移植することを考えて、

2、3日分の飢えをしのげる鍋料理を朝から大量に

作っていったわけですが、

延期されたことで、ちょっと困ってます。

移植後の安静にしている時は、温かく栄養豊富な

鍋が一番!って思ってたんですが

とりあえず今ある鍋をたいらげて、また移植の日からも

鍋というのは、飽きる&栄養的にどうか

という問題があります。

ちなみに採卵時に仕込みはカレーでした。

一つの案としては、鍋は鍋でもキムチ鍋にすれば

具も多少は変わるし、体を暖めそうでよろしいと

思ってますが。

2、3日料理しないで済んで、かつ体にいいもの

なんかアイディアありますか?

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2007年2月 7日 (水)

体外受精スタートです

周期14日目(高温期1日)・・・37.03℃

何から書いたらいいのでしょう。

年明けから体外受精について考えていて、

いろんなリスクやハンデや倫理的なことも考えた上で

「挑戦しよう」という気持ちのほうが大きくなって今に至ります。

1月9日から検査開始(体外受精前検査というもの。夫婦ともに)

1月13日にピルを飲み始め(そう、ピルロング法です)

1月24日にピルの影響で周期がリセットされ

(9日の時点で24日に生理が来ると言われていたが本当に来たのでビックリ!)

その日から毎日の注射が始まり、

1月31日から排卵を防ぐ薬を3日間注射し

(検査の結果、卵巣の働きが弱めということでセトロタイドを使いました)

2月5日に採卵してきました。


あまりにもざっと書きすぎましたが、いつも感じていたのは、

体外受精をしている日本中の仲間に敬服する気持ちです。

最近は、これまでにないほど仕事が立て込み、

(どうか体外受精に専念させて~ってほどの過密スケジュールでした)

ブログに逐一記す余裕がなかったのが残念でしたが、

ああ、みんながんばっているんだ、

母になりたいという気持ちのためなら耐えられるんだ

と身にしみ、力をもらわずにはいられませんでした。

私自身がこれまでの過程で大変だったなぁということをあげると、

・注射のために毎日通うこと・・・私はとてもラッキーなことに、クリニックが最寄り駅に行く途中にあるので、通うことじたいは毎日でもそんなに苦ではありません。でも、待合室には関東圏内はまだしも、新潟や札幌から来ている人もいます。こんな恵まれた私でも、毎日というのはけっこう気持ちを奮い立たせなければいけませんでした。

・排卵誘発剤の注射・・・採卵日まで8日ほど打ち続けました。多い時は一日に4カ所。採血&皮下注射2本&筋肉注射1本。特に皮下注射の痛みは最後まで慣れることがありませんでした。特にセトロタイドの注射は、神経にビリビリッと来るような痛みで。その後20分はジンジンしています。

・費用・・・これは最初からわかってたことで、そのための予算は準備していましたが、一日に2万、3万の単位で飛んでいくと、金銭感覚まったくおかしくなります。ちなみに、体外受精&顕微受精の組み合わせで、そのものにかかった費用が42万でした(検査費、注射費などは含まず)。

・採卵・・・前日の夜9時から飲食禁止。下剤の座薬を入れ、腸をからっぽにするんですが、言われていたとおり15分経ってからトイレへの約束が守れず、10分で駆け込んでしまいました(汚い話でごめんなさい)。そして、当日。最初に、水分補給や抗生剤投与のための点滴をするんですが、まずその針がうまく入ってくれず3度目にやっと刺さってくれました。まぁ、これは序章。手術台に乗せられると、局部麻酔。まずは右の卵巣から。麻酔が効いて卵巣に針をさす痛みはなかったものの、初めおなかをぐいぐい押される痛みが。次第に押される痛みも感じなくなってきて、右の卵巣は無事終えました。そして左の卵巣・・・これがなんというか、膣や卵巣をぐいぐいする鈍痛と吐き気みたいのが襲ってきて、「早く終わってくれ」状態でした。自分で歩いてベッドまで帰るのが基本ですが、痛みの中、ストレッチャーで運ばれて1時間くらいうなっていました。その後、トイレに行って少しスッキリしたら痛みは減り、なんとか家まで帰れたのですが、一日経った今もおなかの痛みというか違和感がいっぱいです。


一気に書きすぎました(汗)

大変さを強調してしまいましたが、

これも将来わが子に会うためのプロセスで

常に弾んだ気持ちがあるというか、

前向きな強い気持ちで取り組めているのは確かです。

今日、受精確認の電話をもらったら

採卵できた19コのうち、

体外受精で6コ、顕微受精で7コ確認できたようです。

初めて、タケくんと私の分身が一つになった日。

タケくんも「今日が誕生日だね」って言ってました。

ま、だいぶ気が早いですが。

移植日は明後日、もしくは胚盤胞(より分割した状態)なら10日頃となります。

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